なぜ家で看取れないのか (上)

高齢者住宅においても看取りやターミナルケアの勉強会を行っている高齢者住宅もあります。

家族も、どこで死ぬことになるのか、あるいはどこで死にたいのか、本人とよくコミュニケーションを取ることが
重要な時代となってきました。

多死の時代・なぜ家で看取れないのか(上)- 「365日働きづめ」という医師の誤解


この記事をスクラップブックに貼る 国民の約8割が病院のベッド上で人生の幕を下ろす国・日本。しかし、年間の死者が100万人を超える「多死の時代」を迎えた今、病院だけに看取りを任せ続けることはできない。

このままでは、2030年には47万人もの人が、看取りの場を得られないまま、死に至る可能性すらあるのだ。こうした状況を踏まえ、国は在宅医療連携拠点事業や訪問看護推進事業を実施するなど、在宅医療の支援体制を充実させる対策を打ち出し続けているが、その効果はなかなか表れない。

自宅での最期を迎える人を増やすために、医療に足りないものは何か―。現場のルポを交えながら考えたい。【多●正芳、●は木へんに朶】

【この連載の別の記事】

多死の時代・なぜ家で看取れないのか(中)-訪看事業所の大規模化こそ不可欠

 東京都調布市で約10年間、開業医として活動している西田伸一氏(西田医院院長)は、自宅でターミナルを迎える患者の往診も行っている。年間に看取る患者の数は15人前後。症状は老衰からがん末期まで、さまざまだ。昨年12月、新たに担当することになった90歳代の女性も、末期の肺がん(ステージⅣ)を抱えている。家族は働きに出ているため、日中の彼女を支えるのは、毎日訪れるヘルパーと週2回訪れる訪問看護師、そして週1回程度の西田氏の往診だ。

 昨年12月中旬のある日、西田氏が往診した時も、家には女性しかいなかった。
「調子はどう? 昼間は退屈しない?」
「ご飯はちゃんと食べている?」
「トイレは歩いて行けるの?」
 さりげない会話で体に残る機能を探りながら、血圧や酸素の血中濃度などを測定し、胸に聴診器を当てる西田氏。皮膚に転移したがんの化膿を抑えるため、患部を消毒し、ガーゼも取り換えた。

■がんの疼痛を訴えない患者

 治療の途中、西田氏が繰り返し質問したことがあった。がんに伴う疼痛の有無だ。痛みの管理は、終末期を迎えたがん患者の生活を支える上で欠かせない。その上、ベッドには、胸の痛さを本人が訴えたことを連絡する家族のメモも残されていた。しかし、女性はいくら西田氏から聞かれても、患部が痛いとは言わなかった。

「きょうはこれで帰るけど、痛かったら、すぐに呼んでね」
 治療を終えた西田氏は、帰る直前まで、女性の疼痛を気に掛けていた。

 モルヒネなどを活用すれば、自宅にいても疼痛を管理することはできる。ただ、医師が患者の痛みを正確に評価して薬を処方する必要がある。

「明治や大正生まれの人は、本当に我慢強い。疼痛があっても、医療スタッフにすら痛いと言わないこともあります。正確な症状を本人に語ってもらえるよう、患者と信頼関係を築く必要があります」

 がん末期の患者の症状は、劇的に進行する。実際、西田氏が診た女性も、1週間前の往診時に比べ、肌のつやや張りは衰えたという。

限られた時間の中で、患者と信頼関係を築き上げ、痛みをコントロールし、患者やその家族の生活の質を保つ―。激しい疼痛を伴う上、進行が早い末期のがん患者を診る時には、とりわけ重要なポイントになるという。
 女性はその後も西田氏の往診を受け続け、今年1月17日、他界した。

■看取りをしない「在宅療養支援診療所」が半数以上

 西田氏のように、最後の最後まで往診を継続してくれる医師は、在宅での看取りを進める上で不可欠な存在だ。国もその重要性は把握しており、06年には、24時間体制で往診や訪問看護を実施する「在宅療養支援診療所」を新設した。

しかし、それでも看取りまで行う医師の数は、思うほどには増えていない。厚生労働省の医療施設調査によれば、1万2000か所余りある同診療所のうち在宅での看取りを行う施設は、半数にも満たない=グラフ=。
 
 在宅で看取りを行う医師が思うように増えていない背景について、都内で10年余りにわたって往診を続けている鈴木央氏(鈴木内科医院副院長)は、「24時間365日、自分一人で患者を支えなきゃならないのではないかと考え、なかなか踏み出せない医師が多いのでしょう」と指摘する。

 西田氏も鈴木氏と同じ意見だ。そして、その考えは自分の経験に照らせば誤解にすぎないとも言い切る。

「在宅医療を推進する際、国が24時間対応を強調したことが、医療関係者を誤解させている可能性もありますね。

当然ですが、終末期の患者の往診をするようになったからといって、自分の生活が失われることはありません」
 実際、西田氏は毎年、学会に参加するために出張旅行をしている。時には1泊の温泉旅行に出向くこともあるという。

■欠かせない医師間の連携

 ならば、24時間365日働きづめという誤解さえ解けば、在宅での終末期医療に携わる医師は増えるのか-。鈴木氏は、それだけでは不十分と言う。

「まず、病院と開業医や、開業医同士が連携する病診連携や診診連携を、さらに進める必要があるでしょう。こうした連携が強化されれば、病院での治療から自宅での往診へのバトンタッチがスムーズになります。

また開業医同士が連携すれば、万一の時にも、お互いの業務をフォローし合うことができる。より余裕を持って業務に臨むことができるはずです」

 鈴木氏の提言とよく似た取り組みを既に開始している地域もある。例えば西田氏が所属する調布市医師会では、10年10月から「ちょうふ在宅医療相談室」を設置。病院や介護施設を出て、自宅で治療を開始しようとする患者と、往診をする地域の医師31人とのマッチングを行っている。

しかし、相談室の設置からこれまでに、医師の紹介を依頼してきた患者は37人にとどまっている上、「実際に患者の受け入れを申し出る医師も、大体決まっている」(西田氏)という。

 こうした状況に対し、西田氏はパンフレットを作成・配付したり、調布市内の医療・介護関係者を対象とした勉強会を行ったりして、相談室の存在をアピールするための地道な活動を続けている。

「特に調布市の場合は、システムはできているわけですから、あとは勤務医や開業医、介護関係者の意識を改革すればいいのです。しかし、制度や法を変えるより、意識を変える方がよほど難しい。

とりあえずは講演などの地道な活動で対応しますが、在宅医療を充実させたいなら、例えば大学の医学教育や研修医の教育で、在宅医療や地域医療関連の時間をもっと増やすことも必要ではないでしょうか」